改造に取り組む日々

「主任が三人おります」「その三人は、きみの言うことをよく聞いてくれるか」「はあ、よく聞いてくれます」「それは結構や。ところできみな、ぼくはいろいろ決裁しておるやろ。それを見て、世間ではぼくのことをよくワンマンだとか言っているらしいが、しかしな、ぽくが初めからこれでいいと思って決裁しているのはだいたい四割ぐらいやで。あとの六割は気に入らんところもあるけどオーケーしているんや」「はあ」「しかしな、きみ、そのオーケーしたことが実現するまでに、少しずつ自分の考えているほうに近づけていくんや。もちろん、命令して自分の思うように事を進めるのも一つの行き方ではあるけど、一応決裁はするが、そのあと徐々に自分のほうに近づいてこさせるのも、責任者としてのまた一つの行き方だと思うんや」


昭和三十年ごろのことである。新型コタツの発売に踏み切った直後に、誤って使用されれば不良が出る恐れがあるとの結論が出て、市場からの全数回収が決定された。その回収に奔走していた電熱課長がある日、幸之助に呼ばれた。「きみが電熱担当の課長か」「はい、そうです」「会社に入って何年になるかね」「十八年になります」「きみ、あしたから会社をやめてくれ」「今、会社をやめたら困るか」「困ります。幼い子どもが二人いますし……」 「それは金がないからだろう。きみが困らないように金は貸してやろう。その代わり、わしの言うとおりにやれよ」「はい……」「会社をやめて、しるこ屋になれ」「まあ、立ってないで、その椅子に座って。きみは、まずあしたから何をやるか」「新橋、銀座、有楽町と歩いて、有名なしるこ屋三軒を調査します」「何を調査するのや」「その店がなぜはやっているのか、理由を具体的につかみます」「つぎは?」「そのしるこに負けないしるこをどうしてつくるか研究します。あずきはどこのがよいか。炊く時間と火力、味つけなどです」「おいしいしるこの味が決まったとしよう。ではそのつぎは?」


「きみ、その決めた味について、奥さんにきいてみないかん。しかし、奥さんは身内やから『うまい』と言うやろ。だから、さらに近所の人たちにも理由を説明して、味見をお願いしてまわることや」「はい、必ずそれをやります」「自分の決めた味に自信をもつこと。それから大事なのは、毎日毎日、つくるごとに決めたとおりにできているかどうかみずからチェックすることや」「必ず実行します」「それだけではまだあかんよ。毎日初めてのお客様に、しるこの味はいかがですかときくことが必要やな」「はい、よくわかりました」「きみはそのしるこをいくらで売るか」三一店の値段を調べてみて、五円なら私も五円で売ります」「それでいいやろ……、きみが五円で売るしるこ屋の店主としても、毎日これだけの努力をせねばならない。きみは電熱課長として、何千円もの電化製品を売っている。だからしるこ屋の百倍、二百倍もの努力をしなくてはいけないな。そのことがわかるか」


「はい、よくわかります」「よし、きみ、いまわしが言ったことがわかったのであれば、会社をやめてくれは取り消すから、あしたからは課長としての仕事をしっかりやってくれ」戦前の話である。ある製造部長が出社してみると、自分の机とロッカーがなくなっている。かねてから折りあいの悪かった上司の事業部長が、突然、倉庫係への異動を決めてしまったのである。四、五百人はいた部下が二人に減ってしまった。一度はやめる決心をした部長であったが、待てよ、日本一の倉庫にしてからでも遅くはないと思い直して、朝は五時から倉庫にこもり、合理化、改造に取り組む日々を続けていた。そんなある日、幸之助かひょっこり工場にやってきた。


「こんなとこで何しとる。きみの工場から不良品ばかり出とるぞ。どういうこっちや」ここぞとばかり左遷させられた事情を説明し、事業部長との意見の相違を訴える部長を制して、幸之助は言った。「きみな、いろいろ言いたいことはあるやろうけど、人間、大成しようと思えば、よい主人、悪い主人、どちらに仕えても勉強になるんやで。よい主人なら見習えばよいし、悪い主人なら、こないしたらあかん……とな」その製造部長の人事は自分か預かる、以後勝手に扱ってはならない、との幸之助の決裁によって、一件は落着した。ある日、幸之助から、「急に五万円入用になったので、至急用立ててもらいたい」という指示を受けた本社経理課長が、さっそく仮出金の手続きをすませ、現金を持参した。その金を確かめながら幸之助は尋ねた。


— posted by wgft at 05:54 pm