労働力の慢性的不足

それでは日本の社会における終身雇用という観念はどこからきたのだろうか、それは根も葉もないものなのだろうか。終身雇用という観念は日本の社仝にひろく流布しており、通念となっているように見える。そしてその通念は全く根拠がないわけではない。実際、法律上、正当な理由があれば解雇はできることになっているが、会社が潰れそうだというような危機的状態は別として、裁判などで争うと解雇は必ずしも容易でない。


それは裁判所が日本の社会に終身雇用という社会通念があると考えているからだろう。

そうした社会通念は、戦後、労働者の生活保障が強調されたことによるところもあるが、日本経済がその後しばらく高度成長をつづけたため、労働力が慢性的に不足基調になり、一度企業に入ればまず解雇されるおそれはなく生活は安泰だという観念がしだいに社会に行きわたったところから定着したものと思われる。そうした期待感の上で生活設計が組み立てられ、社会が機能してゆくようになるにつれてそれはいわば社会的な既得権のように考え方として固定化してしまったのだろう。


しかし、現実には、それは制度として確立されたわけではなく、不況が深刻になれば高度成長時代の後でも一九七〇年代の経験のように大規模な雇用調整は実際に行われているのである。雇用需要は生産の派生需要であるから生産が長期にわたって低迷すれば雇用を維持できなくなるのは市場経済の道理であり、日本の経済も企業もまったくその例外ではないのである。


したがって、今回の平成不況でも需要が収縮し生産が激減したために、雇用の削減が必然的に求められたわけであり、合理化の余地がまだ比較的残されている中高年ホワイトカラーや管理職層がその焦点になったわけである。その限りでは、それは日本企業の雇用制度の質的変化を意味するものでは全くない。外的市場条件の変化に照応してこれまでにも示してきたものと同様の反応を示しているに過ぎないのである。


— posted by wgft at 04:58 pm