金融のレジームーチェンジ

還暦に近づくあたりで人は後ろ向きの時間を生き始めるのであろうか。このところ私も大学時代のなつかしい友と過ごす時間が少しずつふえている。優秀であった彼らの多くは金融機関に勤めていて、日本経済は彼らの双肩にかかっているかのごとき軒昂の意気を感じていた。しかしこのところ一転して彼らの気分には滅々たるものがある。

寸分の疑いをもつこともなく身をゆだねてきた自分の銀行や証券会社が、何かの抗い難い力によってぼろぼろと崩れていく姿をみせつけられるのはさぞや無念にちがいない。名だたる銀行や証券会社が時をおかずに次々と経営破綻に陥っていく状況を眺めていると、いかに堅固に積み上げられたシステムであれ、いったん崩れ始めたらいかにもあっけないものだと実感せざるを得ない。

日本の金融システムを閉塞状況に陥れているのは、金融機関の抱える膨大な不良債権である。本書はこの不良債権を生みだしたメカニズムを追いながら、実は不良債権問題は日本の金融システムの仕組みが機能不全に陥ったことのあらわれなのだという結論に到達する。すなわち、一九九七年来の日本の金融的混乱を、著者は「平常時における市場メカニズムの発露、あるいは金融における市場メカニズムの仮借なき淘汰機能の所産ではなく、伝統的に使われてきたセーフティー・ネットがついに機能不全に陥ったというレジームーチェンジの認識によってもたらされたもの」だとみている。

セーフティー・ネットとは、金融機関の経営危機に際してはその破綻を回避させて預金者や債権者の利益を保護する大蔵省主導の政策措置のことである。セーフティー・ネットに対する人々の信頼が大きく揺らいでいるという重大な状況認識に立って、日本の金融システムをいかにして自律的なものへと再生させていくのか、困難にして錯綜したテーマを本書は実に明快に論じている。日本の金融メカニズムについて高レベルを保ちながらこれほど平易に解き明かした著作もめずらしい。


— posted by wgft at 09:17 am